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3年間まとめ(後編)

このブログ

基本ここのエントリは部活まわりの雑多なことや見聴きしたこと、コンクール成績などについて記録していく、その名の通りおぼえがきのはずだったが成績記録を書いてしまうと身バレにつながり、やっぱり途中で身バレしちゃって不平不満悪口を書きにくくなってしまい(ノ∀`)、一応これでも気は使ってたので実はかなり面倒くさかった。成績記録と匿名性とは並立しねえなあと。なのでいろいろと部活イベントは多かったのだが書いてない事は結構多く、鑑賞記録としてはそこそこだが活動記録としては不備が残ることとなった。

一度コメント欄でゴチャゴチャしたことがあるけれど、エントリ内容については自分自身の体験or確実な情報源から確実に裏付けを取った話だけ書くようにしていたつもり。うわさ話や不確定情報レベルならもっと無責任なことが書けるんだけどね〜。かなりコアでレアな情報も耳にすることがあるのだが、それ書いてソース特定されるのも困るんでな。ブログや書き込みの中の人の正体はリアルでの人間関係と知識があれば薄々ながらも特定できるものなので、ご油断なさらぬよう。

他にも困ったのはゆとりちゃんたちの書き込み。常々ゆとりどもはネット上に自分たちゆとりと同じ年代しか存在してないと考えてるんじゃね?いやいやいくらゆとりでもそこまでバカじゃねーだろ、と思ってましたが完全に買いかぶりでした。本当にバカですね、ゆとりは。ネットのせかいにはおとなも、おまえらよりキャリアがうえのひともいっぱいいるのですよ!わあ、びっくりだね!

ネットに匿名性があると言う人もいるけれど事実ではない。デジタル世界には必ず確実に事跡が残るので、たとえばケータイからの書き込みだと発信源端末まで確実に特定できる。身元がバレない匿名気分で悪いことやっても、追う気になればとことんまで追えるようになっているのですぐに捕まっちゃうよ、ゆとりみたいな低能児には理解できないかもしれないけど。インターネットの世界では年齢性別国籍すべて関係なくあらゆるものが包括されており、グローバルなマナーや知識を持ったうえで利用しないと自分自身が困ることになるんだけど、まあ我が子以外のゆとりが困ろうと破滅しようと一生表を歩けなくなろうと別にこっちは知ったこっちゃないんでよ。

他にもこういうブログが増えればいいなあと思いながらの3年間だったが、結局増えることはなかった。むしろ近隣の団体のブログは減る一方だった。団体名を出すと荒れてしまったり、感想エントリを書くと叩かれたりしたのが原因だと思われるが、演奏を聞いての感想なんて千差万別なんだし、正誤もないし、自分と違うからといって変だのおかしいだのなんだの文句つけられても困るわ。貴様と俺の感想なんか違って当たり前じゃボケ。そもそも聞いた演奏に対して誉め言葉のみしか使わずに感想を書くとかって素人には無理なんだよ。普通まず目につくのは欠点が先だろ、ていうか誉めるところが見つからないようなクソ演奏を人前でやってんなカス!というように、このブログは地の文章の言葉遣いや表現があらくれているのでお触りしにくかったのかもしれません。ふふふ、計画どおり。本来はコメント欄のような丁寧な言葉使いの素敵ナイスミドルなのですよ。

真剣とか本気とか書いてマジと読ませる部活

世の中には、日本のトップを目指すような本気汁がダラダラした真剣な部活と、成績は二の次として楽しさ追求のタラタラした呑気な部活の二種類があり、真剣部活を経験できるorできた人は残念ながら少数派のようだ。真剣レベルの部活がそうそう転がってないこと、転がってたとしても練習時間が長かったり厳しかったりきつかったりするのでどうしても敬遠されがちになる。ちなみに自分は、どうせやるなら勝てるところまで勝ち進みたい・そのためなら練習で血反吐吐いてもかまわねえ・勝ち残って下々の者どもを「戦闘力たったの5か……ゴミめ!」と見下すのが大好き、という理由からその局面で一番厳しくハードルの高い部活を選んできたある意味ドM体質なのだ。でもドS。人間奥が深いんだぜ。

そういう真剣部活しか体験したことのない保護者もいれば、反対に呑気部活しか体験したことのない保護者もいる。真剣部活出身保護者だと「もっと余力あるだろうが。文句言う暇があるならもっと練習して上達しろよカス」と、潰れるまで練習してもらっても全然構いませんという認識なのだが、呑気部活出身保護者は練習時間が長いだの休みが少ないだのキツイだのと部活運営にまで文句をつけてくるモンスターペアレンツとなってしまうような傾向がある。自分自身の体験基準でしか物事を判断できないと仕方ないのかもしれないが、それにしてもモンペはウザいわ。なかでも無駄に権利意識が高い教員保護者・公務員保護者とかが一番うるせーのな。ガッチガチに我が子を管理したがるというか。

わりと至近で部員をみる機会があったのだが、中学校時代の3年間の成長っぷりは心身ともにめざましく、いったん嵌るとどこまで伸びるかわからないくらいの無限に広がる可能性が誰の中にも存在していた。やる気になったときには、もう無理だろやめていいよとこっちが思うような局面でも、やります!やりたいです!と、やり通してしまい、想定していたよりもはるかに高い位置で限界突破しちゃうような勢いがあった。(^q^)みたいな顔してたのが(`・ω・´)になったもんなあ。

それを保護者がそれまでの上限値をもとに「疲れてるから」「無理だから」「できないから」と先回りしてキャップをし、スポイルするのは絶対によくないと思う。我が子の可能性を信じてないわけじゃん。いや、できるよ、お宅のお子さんは。できないと思ってるのは親だけだよ。なんで信じてやらないの?子どもがやれるって言ってるうちはやれるし、絶対にやって結果を出す気になってんだよ。なんでそのやる気を削ぐのだ。そこはボンクラ保護者の貧弱な経験基準なんかで判断しちゃダメなんだよ。やれるの!やるの!

とまあ松岡修造に説教してもらいたいくらいのモンペがいるわけで本当に困るんだよなあ。しかも自分ところだけ目立った突出するのを好まないから横並びにさせようとして他の部員の足まで引っ張ってくるから余計にタチが悪い。潰れるんなら他を巻き添えにせず自分ところだけで潰れとけよ。

「自主・自覚・自律」という意識が発芽し育ちはじめるのが中学生時代で、そろそろ親の管理や保護から離れ、自立していこうかという時期であり、親としても徐々に手放す時期でもある。子どもがいつまでも親の言うことだけを聞いてるわけじゃないんだぜ。

真剣部活と呑気部活は同じ部活でもまったく価値観が違うので、なかなか互いを理解することは難しいとは思う。ただ、もし真剣部活に所属したときは、我が子をスポイルすることなく可能性を信じて見守ってやってほしい。面白いくらいに伸びますよ、マジで。